瑞浪市土岐町の下街道沿いには、歴史ある酒蔵が300メートル圏内に2 軒ある。1軒は中島醸造、もうひとつが、ここ若葉だ。昭和以前の屋号は、井丸屋醸造だった。でも、古くからこの辺りに住む人たちは、また違った名前で呼んだ。「どちらも1700年代の元禄年間にできた酒屋ですが、中島醸造さんのほうが先にできたので、おばあちゃん世代よりさらにひとつふたつ上の世代は、あちらを酒屋、こちらを新酒屋と呼んでいたと聞いています」。新しいといっても、現蔵主の伊藤勝介さんは13代目にあたる。

 

 そんな蔵の歴史を、伊藤さんは黒板に向かって、時折チョークで書き込みながら丁寧に話してくれている。ここは、普段は事務作業をしたり、酒の成分分析をしたりする部屋。流し台にたくさんのビーカーが並び、まるで理科室のよう。専門書が並ぶ壁の向こうは、すぐ酒蔵だ。

 

 「乾きょうる?」。ふいに伊藤さんが屋外に向けて声をかけた。夏のように日差しの強い秋の一日、屋外では、酒造りに使う道具が天日干しの真っ最中だ。物干し竿には、麹を造る箱のスノコがカーテンのようにぶら下がっている。今年は悪天候が続いたので、今週はじまる仕込みに向けて大急ぎの作業だ。酒造りは、蔵主の伊藤さんと工場長が二人三脚でおこなっている。最盛期には、従業員や奥様、パートさんも参加する。「20 年くらい前までは毎年、新潟から杜氏さんが来て、この隣の部屋などに半年間泊まり込みで酒造りをしていました。長岡市の大きな油揚げの名産地、栃尾という町から来てくれていたんです。でも、高齢でリタイアされることになり、後継者もいないので、20年ほど前からは自分たちでつくるようになりました」。時代が変わり、蔵元の仕事は変わった。伊藤さんは杜氏でもある。

 

 「今はお酒のバリエーションが増えてきたので、できあがったら昔と同じように、すぐにろ過や熱処理を済ませてタンクで貯蔵するものばかりではないんです。絞ったら冷蔵庫にしまって、生のまま順次、商品にしていく。酒の仕上がり後、さらに手をかけることがいろいろ増えました。うちの父や、その前の時代は、『よきにはからえ』みたいな感じで杜氏にまかせていましたけれど」。

 

 中庭には、そんな近しい先代たちの古き良き日を伝えるものがある。伊藤さんのおじいさんが大工につくらせた酒樽小屋だ。「昔使っていた酒樽をひっくり返して使っています。真ん中に炉が切ってあって、電熱器で湯を沸かして酒が飲めるようになっているんです。春になると暑いし、夏は蚊などの虫が出るので、酒造りしている冬しか使えませんが、親父やじいさんはよく仲間内で一杯呑んでいましたよ」。自分の

変わる蔵主の仕事と、地域の仲間たちに支えられ愛される蔵。

​若葉株式会社 代表取締役 伊藤勝介さん

代では、冬は酒造りに忙しくて、そんなことはできないと苦笑する。

 

 そんな伊藤さんを支えるのが、仲間たちだ。毎年、2月と4月の蔵開きのうち、4月は、瀬戸にある赤津焼窯元の友人がつくった酒器で新酒を楽しむ会が開かれる。試飲コーナーは地元の幼なじみや息子たち、販売コーナーは、親戚や知り合いのおばちゃんが担当。受付は奥様のママ友だ。この地域は、代々この地に住んでいる人が多く、いっしょに幼稚園や小学校に通った仲間との付き合いがずっと続いているという。地域性の落差がほとんどなく、フランクなつきあいができる土地柄を、「いいところだと思いますよ。若葉の原点です」と評して、感謝している。瑞浪駅周辺で、地酒として取り扱ってくれる居酒屋も多い。今以上に地域に愛される酒をつくりたいと思う。

 

 4月には、ちょうど、すぐ裏の堤防の桜が満開になる。蔵開きで試飲を楽しんだ、ほろ酔い気分の人たちは、桜がきれいな通称「さくらさくらの散歩道」を歩いて帰る。約500メートルにわたって、桜のトンネルが続く名所だ。もともとあった古い桜と、地元の団体が植えた新しい桜が混在する道。それは、さながら長い歴史に新しい時代が刻まれていく酒蔵を象徴するようだ。代々暮らすこのまちに、伊藤さんはしっかり根を下ろしている。

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