三千櫻酒造の5代目当主、山田耕司さんは、活躍のフィールドが世界サイズの杜氏だ。飛騨と木曽を結ぶ旧街道沿いで、先祖から受け継いだ酒蔵を営みながら、東京へ、アジアへ、中南米へ、銘酒「三千櫻」と日本の酒の魅力を広めている。「この辺りの人口はどんどん減っていて、うちも出荷先の7割くらいが東京になっちゃっている。酒はもっと世界へ出て行っていいと思いますよ」と、台湾と香港にも販売ルートを構築し、コーディネーターを介してメキシコでの酒蔵づくりに協力している。

 

 山田さんは、蔵を継ぐ前には台湾で日本語教師をしていた。「小さい頃から将来は跡を継ぐんだぞと言われ続けたら、絶対やるもんかって思うものですよ。まあ、いろいろあったけど台湾へ渡って、日本語教師を4年やりましたね」。観念して蔵を継いだのは、やっぱり酒造りがおもしろかったから?と、尋ねると、「うーん、微妙。酒造りは怖いですよね」と、ちょっぴり強面の山田さんからは予想のつかない答えが。「酒造りは、でき上がるまでは、どうなるかわからないから。基礎を一つひとつきちんとこなしていけば大丈夫なはずなんだけど」。真摯な姿勢に、杜氏は職人なのだとあらためて思う。

 

 昨年と今年の計4ヶ月間、メキシコの事業主がつくった現地の酒蔵で、山田さんは技術指導を担当した。「今、日本酒は世界23ヵ国でつくられていますが、このメキシコの蔵は味もクオリティもトップクラスです。まず、しっかりした醸造設備を揃えた。あとは、僕が基礎をきちんと教えていますのでね」と、自信をのぞかせる。山田さんの酒造りは、秋田の杜氏の流れを汲む。めざしているのは、きれいな酒だ。「秋田の酒がきれいと言われる由縁は、透明感があって味もちゃんとあるから。品もある」。

 

 しかし、メキシコでは、酒造りの環境が日本とは異なる。酒米は、アメリカ経由で輸入した日本産の山田錦を使うとのことだが、水はそうはいかないだろう。山田さんによると、「鬼のように硬い水」なので、軟水の日本とは違うレシピや作業手順を考えて対応するという。水質については、さほど問題にしていない。「水の良さは、必要条件じゃない。クオリティに優劣がつく原因は、人ですよ」と、断言する。ちょうど、山田さんがメキシコで指導した3人の蔵人のうちの1人が、三千櫻酒造で修行中だ。その人、エルネスト・レイエスさんは、日本で本場の仕込みを学び、メキシコ用のオリジナルレシピを完成させるために、はるばるメキシコからやってきた。彼は、「最近、メキシコでも日本酒は随分ポピュラーになりました。日本料理店だけでなくメキシカンフードの店でも親しまれています。僕も、日本の文化にはもともと興味があったので、とてもうれしい。ここで、日本のトラ

中津川から世界へ。伝統的な蔵造りの味を発信する。

三千櫻酒造株式会社 取締役社長 山田耕司さん

ディショナルなスタイルを守りながら、メキシコ人に好まれるフレーバーを見つけたい」と、豊富を語ってくれた。

 

 そんなレイエスさんに対する山田さんの指導のモットーは、上から物を言わずに見守ること。自分の目で確かめ、やってみて感覚をつかめるように導いている。人を育てることと、酒を育てることに共通点はあるかと尋ねると、「酒は育てるのものではない。人はガイドする役目に過ぎない」と、前置きしつつも、酒造りには生き物を扱っている感覚が「めちゃくちゃあるよ!」と教えてくれる。「酒造りの過程では、蔵に並んだ“もろみ” のタンクの様子を確認したくなるんだけれど、ひとつでも見たら、どんな夜中でも全部を同じように確認してあげないと、もろみがすねる。本当にすねるんです」。言葉の端々から、こまやかで愛情深い世話っぷりが感じられる。愛情なんて甘っちょろいことを言うと、職人かたぎの山田さんには、すぐさま否定されそうだけれど。山田さんの足元では、茶トラの猫がまとわりつき、安心しきって撫でられている。

 

 この地で初代が酒造りをはじめて以来変わらぬ酒造りのために、水源となる山にはほとんど手を加えずに環境を守り、米も自家栽培する山田さん。蔵の横を流れる谷の水は、水路を通って、青川とも呼ばれるエメラルド色に澄んだ付知川へと流れ込んでいる。田んぼが広がり、緑豊かな山が近い。メキシコの風景とは、随分違うことだろう。中津川で山田さんに学んだレイエスさんは、メキシコ人初の杜氏としてデビューする予定だ。

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